ほぼ週刊★平民貴族

面白き ことも無き世を 面白く

管理職を管理する話

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今回は中間管理職という立場から、企業における上司との付き合い方を考えていきたい。

少しだけ私の話を少しだけしておくと、私は従業員百人弱の会社で中間管理職をしている。地方の、それも家族経営の会社ともあって組織体制はかなり歪だ。

私の上にはマネージャーと呼ばれる部長クラスの上司がいて、更にその上を創業者一族が占めている。そして下には2~3人で構成される班があり、その内3~4つを受け持っている。

私のポジションは一般的な企業でいうところの係長クラスをイメージをしてもらえると良いだろう。

まだまだ日本には企業と家業との合の子のような会社が多い。そうした組織の中で働く為の知恵は、組織だった企業を前提とした自己啓発書からでは中々得られない。

今地方で働いている人や、地元に帰って就職を考えている人にとって少しでも私の経験が役に立てればと思う。

地方で求められる人材とは

人、物、金そして情報と地方は都会に比べあらゆる流動性が低い。

その為激しい競争も行われず、社員に対して能力よりも忠誠心を問う経営者が多いのが特徴だ。

忠誠心という言葉は、コミットメントや協調性といった言葉に置き換えても良いだろう。

要するに、自己を犠牲にして組織に貢献する姿勢だ。

働く側からすると職能を高めて「貢献」をすれば良いと思うだろうが

働かせる側は「貢献」以上に「自己犠牲」を求めている。

これには手段と目的を履き違えている場合や、円滑な組織運営の観点から従順な駒を必要としている場合など、要因は様々ある。

ただ一つハッキリしている事は、ここに経営側と労働者側との認識にギャップが生じているということだ。

地方で未だにブラックな働かせ方が横行している理由

昨今、ブラック企業的な働かせ方に対してしばしば「彼等には管理職としての能力が欠けている」と言う批判がされている。

しかし実際のところは、能力が欠けている人間だけがこのようなマネジメントを行っているわけではない。

上述の通り、経営者や管理職は下の者に対して忠誠心を求めているので、ありとあらゆる手を使ってそれがあるかを試すのだ。

中でも、勤務時間外や休日に手当てもつけずに仕事をさせたり、飲み会に付き合わせたりするのはその代表的な例だろう。

敵を知り己を知れば百選危うからず

こうした企業から逃れる為に転職は有効な手段の一つではある。

だが、運良く自分に合った会社や上司に巡り会えるとは限らない。

特に、家庭の事情や経済的な事情などにより地方から都会に脱出できない人の場合は尚更だ。

それではそうした中で人はどのような生存戦略をとっていけば良いのだろうか。

まずはアピールポイントを「貢献」から「自己犠牲」へと切り換えることだ。

それも実際にあなたの中の何かを犠牲にしてみせるのではなく、自分を犠牲にしている感を演出するだけで良い。

自分にとって差し出しても苦ではないものを、さも苦しげに差し出すのだ。

自己犠牲精神を量る行為は、所詮ある種のイニシエーションに過ぎない。

私から言わせればただの茶番だ。

もしかしたら、世の経営者や管理職も茶番であることは理解しているかもしれない。

それでも安心感が欲しくて茶番を演じることを求めずにはいられない悲しき性がそこにある。

最後に、管理職はこちらで管理してなんぼ

私の上司はよく、「主体的に自らが結果を産み出すように」とよく言っている。

しかし当の本人は、自らの手で成果を上げたいという欲を隠すことが出来ず末端の業務に干渉し混乱を巻き起こすことが良くある。

人間の願望は言っていることではなくやっていることに現れる。

なので私は成果になりそうな話を見つけたら、例え自分達だけで処理できる案件だったとしても上司に投げるようにしている。

餌に食い付けば後は勝手にやってくれるし、もし興味を示さなくても先にちらつかせておくことで後になってから干渉される事を未然に防ぐことが出来る。

自己犠牲を求める管理職を彼らのタイミングで動くと、我々にとってストレスフルな状況が生まれる。

それを如何に防ぐかは生存戦略に留まらず、組織が無駄なイニシエーションに左右されず成果を追い求めていく上でも必要なことだ。

さぁ世のビジネスパーソンよ君たちの手で管理職を管理するのだ。