ほぼ週刊★平民貴族

面白き ことも無き世を 面白く

速くて真っ直ぐな球を投げてくれ!

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今日は神様になった日について書こうと思う。

この作品はTwitter上でサジェストに「酷い」「不快」「つまらない」と出るほど酷評する声が多いのが事実で、ぶっちゃけ自分も完成度が高い作品とは思ってない。

それでもここ一年で見た中では最も心に残った作品と言えるくらい、何か刺さるものがあった。
なので、本作の何が自分の心を動かしたのか整理しながら、改めて神様になった日がどんな作品だったのか、良いところや惜しいところを自分なりに書いていこうと思う。

まず初めに、自分は今までAIRもクラナドもプレイしたことが無ければAngel Beats!もCharlotteも視聴した事も無い、つまりこれまでkey作品に一切触れた事は無い。

そんな自分が本作に惹かれたのは、この作品から00年代を代表するライトノベル「イリヤの空、UFOの夏」(イリヤの空)や「半分の月が登る空」(以下半月)に似た何かを感じたからだった。

なので主にこれら二つの作品をはじめとした00年代のライトノベルと比較しながら書いていこうと思う。

※以下は「イリヤの空、UFOの夏」と「半分の月が登る空」そして「神様になった日」のネタバレが含まれます。

いずれ終わる日常と抗う術を持たない少年

まず先に挙げた二つの作品と神様になった日には共通点が大きく分けて2つある。

第一に、日常がいずれ終わりが来るものとして描かれている点

次に、主人公が特別な能力も無ければこれと言った目的も持っていない平凡な少年である点だ。

軍との密接な関係を匂わせる伊里野 加奈や難病に冒され死と隣り合わせの毎日を送っている秋庭 里香といった訳ありなヒロインと

メインターゲットとなる中高生が自身と重ねやすい主人公がこれまた読者が感情移入しやすい日常生活を送る中で親交を深めていく。

セカイ系に限らず00年代にとても多かった構図で、セカイ系作品のパイオニアでもある麻枝准氏にとっても得意の作風だったように思える。

実際に神様になった日も、自らを全知全能の神と名乗る不思議な少女「ひな」と平凡な主人公「成神 陽太」の二人をメインにひなが予言した「世界の終わり」が近づく中で夏休みの日々を過ごしていくという話だ。

個人的な好みの話になるが、昔から自分はこの手の作品が好きでイリヤの空と半月は社会人になって久しい今でも年に一回は読み返すほどだ。

特に文化祭の話が好きで、どちらの作品でもキャラクターの魅力と平凡な日常を瑞々しく描く作者の感性とが相乗効果を発揮してえも言われぬ輝きを放っている。

作品を作品たらしめる独特の空気感がより一層濃く味わえると言い換えても良いだろう。

そう、この手の作品は空気感が大事だ。黄昏感とでも言えば良いだろうか。

その点では神様になった日は優れた作品だった。

主題歌はもちろんのこと、夏祭やひなと陽太が二人で遠出をする回などは光るものを感じた。

しかし世間の評価が芳しく無いように惜しいなと感じる点も多々あった。

神様になった日は何が惜しかったのか

「終わり」に抗う大人の不在

神様になった日には、イリヤの空でいう「榎本」半月でいう「夏目五郎」に該当するキャラクターが不在だった。

彼らは何の能力も持たない主人公に代わって「終わり」と戦う、言わばもう一人の主人公だ。

そして彼らは自分には出来ないことを主人公に託すことで、物語の本筋に主人公を誘う導き手でもあった。

本作にもそれに近い役割を持ったキャラクターはいた。

鈴木少年と呼ばれる天才ハッカーだ。しかし彼は榎本にも夏目にもなれなかった。

ギリギリのタイミングでなんとか舞台装置の役目をなんとかこなすことが出来た。そんな印象を感じた。

故に話の展開が強引で違和感を覚える人が多かったのだと思う。

「終わり」の示唆があまりに曖昧だった

ヒロインが抱えている事情は冒頭の段階である程度明らかにさせておくべきだった。

イリヤの空では夜のプールにおける伊里野 加奈とのファーストコンタクトの段階で

彼女が何やらヤバい組織と関係があることが明示されている。

半月では秋庭 里香の病室がある病棟から、彼女が重い病に冒されていることが早い段階で示唆されていた。

こうしたヒントとも言える描写が神様になった日には足りなかった。

本作ではヒロインが抱えている「終わり」が何か検討もつかないまま話が進んでいく

鈴木少年も何と戦っているのか全く分からない。

視聴者をおいてけぼりにしたまま日常回が過ぎていって

物語がクライマックスに入り、謎が明らかになったと思いきやあっという間に話が畳まれていく。

一度全話見終わった後にもう一度見返すと印象が変わるのだろうが、それは作品としては未完成と言ってもいい。

最後に

つい先日、「天気の子」が地上波で放送されていたので見返したが

いわゆる【セカイ系】に代表される00年代のフォーマットは今でも通用すると改めて確信した。

なので本作に関しても、もっと直球で勝負した方が良かったのでは無いかと感じた。

時代の変化に合わせるべく試行錯誤をした結果、セオリーから外した部分だけが足を引っ張る形で作品の質を落としている。

人間は行き詰まった時にとかく手法を変えてしまいがちになるのだが、本来の持ち味をより活かす事こそ大切だ。

覚えたての変化球はもういい。ベタと言われることを恐れずに次は速くて真っ直ぐな球を投げて欲しい。