ほぼ週刊★平民貴族

面白き ことも無き世を 面白く

FGO二部五章はボヘミアン・ラプソディだった。

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レインマン以来、久しく涙を流した映画がボヘミアン・ラプソディなら

ゲームにおいて初めて涙するほど心を動かされた作品が、先日リリースされたばかりのFate Grand Order 2部5章 神代巨神海洋アトランティスだった。

今日は、そんなボヘミアン・ラプソディと二部五章との自分が感じた共通点について書いておこう。

ボヘミアン・ラプソディに込められた魔法

ボヘミアン・ラプソディで自分が思わず泣いてしまったのは、ライブエイドの直前、つまり再び冒頭のシーンに戻ってきたときのことだった。

Somebody to Loveが流れ出した瞬間に胸の奥から急に感情が込み上げてきて、気づけば自分でも驚くほどの量の涙が溢れ出ていた。

それは本当に言葉にし難い感覚だが、それでも言葉にしないといけない。

自分にとってあの時、時限爆弾が炸裂したようなものだった。

ライヴ・エイド直前のシーンに戻ったあの瞬間に、それまで描かれてきたシーン1つ1つの意味や価値が爆発して、私に強い衝撃を与えたのだった。

そのようにして、心の奥、無意識下に溜め込んだものを一気に表層へと突き上げていった勢いそのままに、本作は圧巻のパフォーマンスでラストを締め括る。

魂に響く21分のラストという言葉の裏には、そこに至るまでの2時間弱の間に宿った魔法があったと私は考えている。

Fate Grand Order 2部5章 神代巨神海洋アトランティスに込められた魔法

コルデー、オリオン、バーソロミュー、イアソン、マンドリカルド、望月千代女、パリス、そしてアキレウスと

今章でも多くの仲間となるサーヴァントと出会いそして彼等の犠牲をもってして困難を乗り越えていくのだが、その仲間たちとの別れがかつて無いほど胸を打つものだった。

これまでの章の中で、最も仲間たちに愛着を覚えたのはなにも私だけでは無いだろう。

劇中に点々と描写されていく各キャラクターの内面が、最後に線で繋がりひとつの物語になった瞬間のあの「全てがここに繋がった」感に脳内麻薬がドバドバ出てきてしまい、物語も最終盤に差し掛かった頃にはもはや高揚感と喪失感とがない交ぜになった感情の渦に翻弄され、翌日は仕事に殆ど手がつかなかった。

最後に

この両者の共通点を一言で表すとするならば【感情の伏線】とでも言うべきだろうか。受けての感情の動線を良く考えて整えているな、という印象だ。

恐らく現代の社会ではここまでしないと人の心を動かすことは出来ないのだろう。

と言うのも、日々の生活の中では感情を表に出すことは未熟者の証として憚られてしまい、気づかない間に心の機微に疎くなってしまいがちだ。

そうした中人々を感動させようと思えば、凝り固まった心を解し奥に眠った感情を呼び起こすところから始めないといけない。

だから私はこうした丁寧な作品作りに感動を覚えると同時に、大人になることで抱えた複雑な病のようなものを感じずにはいられない。

来年こそは映画やゲームのような娯楽に頼らずとも大いに泣いて大いに笑える1年を送りたいものだ。